物理哲学!

物理学について私が考えたことをぶつぶつ呟きます。

数M理論!~(10)主張の変更及び確認~

△はじめに

以前の記事を読み返す中でまた変更点や追加事項等が出てきたので記事にします。

実はこれは他サイト(Blogger)への投稿を目論んでいる筆者が英文記事の下書きを作る中で生まれたという事情をもつものである。基本的に『物理哲学!』で述べた内容を繰り返すものであるが、その整理をする中で新たに思いついたものや主張をまとめたものを記すことにした。従って今までと違う主張をしたり、よりまとまった形で表現できたりしたものと考えてよい。

略号紹介

ME=数学的要素  PE=物理学的要素

数M理論=数学的Mapping理論(本理論)

星空01

▲1.[訂正]通常研究も「文」

さて、以前7号★数M理論!~宇宙の果てから~ - 物理哲学!で通常物理学はMEの内、論理「」ではなく「」を専ら考察対象とする、と考えた。しかし実は通常物理学も文についての分析をすると今は考えている。これに対する考察を行うに当たってPEの捉え方の分析をしてみることにしよう!

我々は例えば「原子」なるPEの種類を一つ定め、その中でその状態量についての関係性を求めるため、例えば温度・圧力(エネルギー密度)などの状態値の分析をしてその相互作用などの法則を得る、といった考察を行うものが通常の物理学の姿勢であると思う。ここでPEの種類とはMEのタイプともなるからME文自体の形、即ち「文型」に対応し、またPEの状態値とは文の状態を意味するからME文中の「係数」に対応すると考えられる。このとき通常研究もPEの種類の分析をおそらくは行っているものと思われる。詳しくないのだが、例えば素粒子論などでは素粒子の種類自体についての分析をするという側面をもつであろう。即ちこれは通常研究においても係数だけでなくME文自体も取扱っているということになる。

ただ私は通常物理学では考察対象をいくつか取り(PEの種類を決定し)その上でやはり状態量についての分析をするものと考えてその状態値に対応する「元」についての分析に終始しているとかつては考えたのである。

ここで注意しなければならないのは通常研究の取扱う論理「文」とはME=PEなる原理から発生したものではなく、本質のME=PEであるPE空間の研究を突き詰める中で「結果的」にたどり着いたものであることを忘れてはならない。原理的に考察を始める数M理論とは大きな違いを含んでいるのである。

 

▲2.プランク体積

さて、以前の記事でも書いたように1プランク体積には単一のPEのみが入るのであるからME=PE完全一対一対応の数M原理からこのプランク体積が1論理文とすることに異議はないだろう。先ほど申し上げたようにPE-MEの対応としてPEの種類はMEの文型に対応し、またPEの状態はME文の係数値として与えられると想像される。このようにして各ME文は《光速》で即ち1論理展開(1プランク時間)で隣り合う(1プランク長離れた)ME文と作用するのである。このような結合モデルの解析は記事9号★数M理論!~振り返ってみて思ったこと~ - 物理哲学!で解析してある。是非、目を通していただきたい。

 

▲3.統計論理学

さて、ME=PE完全一対一対応の主張の大本はご確認頂けたであろうか?数MではPEを全てMEと見なせと仰いでいるのである。しかしながら、ME展開によりPEが解析できるという理屈であっても1秒間に2×1043回もの展開をするため論理数はたちまち膨大なものとなり、単純な解析は困難になる。そこで移るべき研究分野は「統計論理学」になるのである。これを説明すると、丁度、統計力学の解析と同様、「集団の性質」を分析することになる。これはあくまでイメージ上のことなのだが、論理の型毎、例えば(A∧B)∨Cなる形の論理文を文型α、(A∨B)∧Cをβ、・・・などとし、αとβ、βとγ、・・・の反応を見るというものである。稚拙な例であった。だが、これはほんの一例のため気になる読者は考えてみられたい。

つまりは膨大となった論理文を大域的な立場から俯瞰する見方をもって研究する分野なのである。上の例のように文型を解析したり、文に現れる係数を一般化し文字係数として扱ったりするのである。これは現在における研究方法であって、文型によりPEの種類分けを行い、更にPEの状態値をその一般化された係数に基づいて捉え、様々なPEの一般の作用や性質を分析すると私は考える。このような手法を暗に行っている研究が、通常研究なのである。

 

このように通常研究はMEの理想化を行い、一方で数Mでは具体MEを取扱うこととなるのだ。通常研究は理想化に伴い、個々の具体的なMEをある一つの一般化されたMEにまとめ込むためME対PEは1対多となる。一方で数Mでは原理的に完全一対一対応となる。この点に大きな違いがある。

 

▲4.例示(具体係数と文字係数)

では、具体的な例を挙げよう。

数Mでは

∀x∀y[x+2y+1=(x+y)+(y+1)]

∃x [x2-2x≦0]

などのようなME文となる。係数には具体的な数値が入る。

一方で数Mでは

∃x[x2-2x≦a]⇒a≧-1

∀x∃y[ax+y=c∧x+by=c]

        ⇒ab=1∧c(1-b)=0

などのように係数には一般化に伴う文字係数が入る。この文字係数はPEの状態値であると考えられ、⇒以降の部分のようにこういった「状態値に対する条件」を考察するのが通常研究のあり方であり「元」を対象とする解析研究のあり様を示しているように思う。

例えば最後から2番目の例でPEが特定の状態にあるときは、指標aは-1以上である、という状態値に関する条件を与える。これは例えば個体・液体・気体の相に対する温度・圧力などの条件であると考えられる。

このように通常研究では文字により実際にある具体的な係数をまとめ上げる効果がある。注意してほしいのは数M的観点からすると文字に具体係数を「代入」するというよりも本来ある具体係数を「仮に」文字係数で置き換えればどうか?と考える姿勢が本来であり、優先順位は具体係数の方が先なのである。

 

▲5.数Mの基本確認

さて、数M理論によれば、この宇宙は具体ME個々により構成されており、数学の各論理文は各プランク体積内の1PEに等価であり、完全一対一対応である。そしてビッグバンは数学の論理展開の始まりに対応している、即ち宇宙の始まりはこの宇宙の基づく公理的論理空間の展開の始まりに相当する。そして1論理展開は1プランク時間毎に発生する。これはビッグバンのこれ以上ない明確な定義を与える。これこそが数M理論の最大の到達点の一つなのである。

 

▲6.系の内外

また数M理論によれば万物は論理展開の結果として存在し、我々は「周りのME」と相互作用する中でそれらを認知し、それを「PE」という形で認識してきた。そしてME性を帯びるPEから「数学」を見出し、その数学を用いてこの論理空間たる宇宙を語り返してきたのである。これこそが正に「物理学」なのである。しかし、これはあくまでこのME展開系の系内からの見方である。

それに対し数MはME展開=PE展開という真理から考察する。この考察は系の外側から客観的に見たものであり、ここに通常と数Mの系の内外という違いが発生しているのである。

 

▲7.演繹性と帰納

またこれも以前に述べたことであるが、数Mと通常の「演繹性」及び「帰納性」という違いを見ることができるであろう。通常は論理展開の末端状態のMEから考察を始めてその根本にあるME公理系の解析へと進む解析順序を取るのに対して、数Mは真逆で、公理系の推定をしてからその平衡状態を考察するという順序を取る。これは正に通常の帰納性と数Mの演繹性を物語る

 

▲8.数M=哲学

ただ、演繹性を伴う数Mに利があるように思えるかもしれないが、根本の公理の推定をしてもそこから末端の平衡状態とのつながりを見出せなければ物理学的には全く意味がない。今のところ私はそのつながりを見出す術を見つけ出すに至っていないが、あくまで本論は物理学そのものというより哲学である。従って、宇宙の真理についての理解が得られればそれでよい。何がしかの物理学的成果というよりも考え方の変革をもたらせればよいのだ。従って平衡状態とのつながりを追い求めなくてもそれでよい。そのようなつながりは取り敢えず数M的な考察を施した後に見出していけばよいのだ。

 

▲9.現代物理学の再確認

ここで、改めて現代物理学についての考察をしよう!

これまでも述べたように現代物理学(通常研究)の舞台は平衡状態である。つまりは理想化されており、個ME解析とは異なるのだ。急性期(初期)の解析をすることもあるが、現宇宙の物理概念を用いている。正確に3次元と理解できるのは平衡状態の現在(1秒~)のみであるのに、現在より前の宇宙に対しても我々の(基本)概念を押し付けようとするから研究が頓挫するのだ。

 

▲10.数Mの課題とMP対応

それに対し数M理論は実際の個ME解析のため、個別で具体的なMEが支配的である原始宇宙については有効である。しかしながら初期宇宙の数Mの有効性については一つ大きな問題がある。先にも示唆した通り、具体的にどのMEがどのPEと結びついているか、即ちMEの物理的意味が得られるか、まだ分からないのだ。その課題に関しては次のような対応付けを行うべきである。

この対応付けを私はMP対応と呼んでいる。幾ばくかMP対応について考えたものの大した結果は得られず、8号★数M理論!~MP対応について~ - 物理哲学!で考察内容を記述したが、それは極めて貧弱なものにしかなってない。

しかし、繰り返しになるが、本論は物理学というよりも哲学であり、考え方の提示に重きがあるためこのMP対応の考察は本論の範囲内にはなく、興味のある方だけ考えて頂ければそれでよい。本論は物理学的な結論を第二義にするのである。

 

▲11.数Mの可能性

さて、見てきたように基本的には通常の研究は現宇宙に、数Mの研究は初期宇宙に向いていると考えられる。この内数Mについて、これが本当に正しくて、なおかつ方法論も確立されているならば、初期宇宙が現宇宙の物理的意味を用いて表わされる。特に本数M理論は完全な演繹的解析であるから初期宇宙について帰納的解析である通常研究と比べてずっと効率的に解析を進めることができる

さらに言えば初期展開を超え、更に(よく理解していないのだが)圏論など何らかの疑似展開を経れば、現在の平衡状態における論理要素を求めることで現在の謎にも迫れるかもしれない。重力やダークマターブラックホールの解明にも役立つかもしれないのだ。例えば重力も近接作用の力であるため、現宇宙において重力要素をもつ各MEは「隣接するMEと作用する」という本数M理論の枠内に収まると考えられる。

 

以上、通常研究との比較の中で数Mの本質を探ってみた。基本的には以前に述べたことの繰り返しであったが、いくつかの点で若干の深掘りができたことと考えている。繰り返しの部分も含め、幾ばくかは物理学対象の捉え方の変革をもたらせたことと思う。

 

今回はここで本文の記述を終わる。

 

△あとがき

この度はBloggerなるブログサイトでの記事執筆を行おうと思い下書きをしている中で若干ながら考えの変わった部分があったため、今までの主張の部分的変更を含めて一旦ここまでをまとめてみたのである。はてなブログの英語版記事Philosophy of Physics !!では大したことは書いてないのでもう少しマシな内容を、そしてより外国の方に読まれやすいブログサイトで、という意味も込めて他サイトでの記事執筆を考えたのである。

 

M理論は著者自身、信憑性40%くらいと思っている。恐らくはこの理論は突飛なものであろうから読者の感想に至っては信憑性の数字はずっと低いのではないかと思われる。しかし、数M理論の意義の大きさを考えればお分かり頂けるように、もし本論の意味しているものが正しければ、そして後は方法論さえ確立されれば、本理論の威力は・・・この際、心の内を明かしてしまうと万有引力」や「相対性理論」並みの威力を発揮するのではないかと思うのである。

強く主張すればするほどに読者の反発を買ってしまうと思う。しかしながら私の実力では数Mの否定は成されなかった。私は完全な否定が成されるまでは呟き続けようと思っている。

その中で外国人の閲覧者を増やそうと、また支持獲得を得ようとBloggerへの投稿を目論んでいるのである。とは言え、まだ先の話となりそうである。

本論は壮大であると述べたものの、これは方法論なしの理論なのでこれ自体では実際に何かできるものではない。これより先は興味のある読者の考察に任せることにしたいと思う。

 

ここまでお読み頂き誠にありがとうございました。

 

それではまた!